窓が割れている

四次元方向にひっぱられてどうでもよくなってしまった

2016-11-14

新宿区は南落合長崎という駅にあるターナーギャラリーでグループ展をしています。来週まで。

ところが作品が完成していなくて、ぼくのスペースには空っぽのフェンスと宙ぶらりんの草の絵しか置いてない。

毎週毎週期限に追われていて、忙しくしている方が毎日充実しているなんて言う人もいるけどぼくはそうでもない。果てし無く永い時間の中で悠々とあちこち行き来して何もかもじっくり感じたい。

 

理菜とは別れたままでもう復縁も無いと思う。グループ展のメンバーだけど。

理菜には悪いけど面倒ごとから解放されていていろいろなことを思い出したり考えたりできてそこそこ良い感じ。

 

ゆきのっぴが、私は靴を履くのに100年かかるからって言ってたのをずっとおぼえていて、ハイカットのスニーカーを履くたびに思い出している。靴を履くのに100年かけるような時間の中にいたい。

 

勘ちゃんのメモの中にクレーの言葉があり、芸術は見ることではなくて見えるようにすることだ、のようなことが書いてあった。記憶している時間・空間を見えるようにしたいと思っている。

 

展示は会期の終わり頃に来てくれればぼくの作品も見られると思う。

 http://periscoperangestra.wixsite.com/top1

 

なるようになると思って生きているといろいろ失っていくがまた同時にいろいろ転がり込んでくる。倦怠感の中で何かが終わる予感をしていて、でもそれが少し楽しみでもある。

 

広告を非表示にする